Sunday, April 1, 2012

一粒の中の世界:世界の食物貿易とアジアの食料の確保ープロジェクトの下書き(書き直した版)

シュラケット・ジョシュア
ウリベ・アレハンデゥロ
4月1日2012年


一粒の中の世界:世界の食物貿易とアジアの食料の確保



 私たちの生命を維持するために植物や動物を、耕作そして、飼育するのは、農業である。それは世界史で人間の定住文明が進んだ一番大切な理由となった。農業の発展は元々文化と気候によるものだったが、産業化が起こってから後の百年は生産の向上、技術と人間労働の代替、遺伝子操作、農薬や肥料といったもので特徴づけられている。この最後の世紀で、農業はいろいろな政治的、そして環境的な問題とつながっていて、その中に関税や補助金やバイオ燃料や保護政策や特許などの問題が含まれている。これらの開発の環境への影響に反動として、 最近 、オーガニックとか持続的農業の運動が人気を集めている。こういう最近傾向は農業を始め人間の自然に戻りたいという願望と内政的な問いかけを表している。私たちは社会人として環境と農業についての心配があるので最近の開発を分解するのはこれからの状況をわかるためにすごく重要と思っている。研究は新聞の記事や情報提供プログラムや農業報告やなどを利用した。
 最近の開発の中で最も議論させているのはもちろん遺伝子組み換えの 農業である。農作物の遺伝子工学は、成長率も様様な疾患に対する抵抗も増やすことができる。だから、世界の増加している人口に食料を提供するためのリソースを以前より使用して食料生産を増やすことができるということは、すごく良いことだろう。しかし、 倫理と安全性の懸念が提起されている。安全性の懸念とは、人間が遺伝子組み換え食品を食べることが健康にどんな影響を与えるか知られていないことである。またはその遺伝子組み換えものは環境にもなんらかの影響を与えている。倫理的な懸念はイデオロギーの問題や、食糧供給の企業統制、知的財産に関する法律問題も含まれている。
 この一般的の食物貿易の背景についてよく考えながら、一つの具体的な例を挙げたいと思う。生物多様性とアグロビジネスに対する問題に深い関係がある。90年代後期に、テキサス州のRiceTecという農業会社はインド国の伝統的なバスマティ米の多くの種類のゲノムの特許を所得し、国際市場で物価を上げるために、アメリカで植えたり、何世代も収穫続いているインド人の農業を禁止したりしてみた。米の特許がでると、収穫しても、もう一回植えることのできない稔の米を創造できろことになり、インドの農業がアメリカの会社に依存して暮らす状態になる懸念もあった。バスマティは、米穀の中で世界一高い種類なので、欧米のアグロビジネスの立場から見ると、自分の知的財産として確立できれば、有利な事業になるに違いない。
 しかし、生物界は本当に所有出来るものか。穀物は発明として考えられるのか。インド人の文化的や農業的な遺産を盗む政策として批判の対象になってきたので、海賊的生物探査という造語を呼ばれるようになった。そういう遺伝子組み換え(GMO)に関する問題はアジアのことだけではなく、アメリカでも、Monsantoという農業会社がコーンや綿花の新しいオーガニック穀物を汚染する種類を発明して、アグロビジネスの市場を操る方法の一つとして考えられているだろう。

 タイトルでは、国際食物貿易を描写するため、一粒の米というメタファーを使用した。なぜかというと、世界化によって地球が一粒の米のように小さくなって、過去よりも、食料が広めるようになってきたからだ。一方、一個人の農業の手で、一粒の米は地方共同体の基本を構成できる能力があるだろう。やはり、そういうグローバル循環制度と共に、新しい道徳的な問題が起こった。グローバル社会や自由市場における「農業」というのはどういう意味だろうか。どのように農業共同体の人権や平等を守れるのだろうか。世界を一粒の米として見ると、農業も倫理的や文化的な問題として考えるべきではないだろうか。


Friday, March 23, 2012

「裁判員制度」宿題2

裁判員制度が日本に導入されたから、一般人を知的な外傷的体験に巻き込まないため、裁判員制度を反論する人がニューズに時々出る。その人は、法律の素人が裁判員として被告の生死を決める責任があれば、その重さに耐えかねると言うが、私はそのような意見に賛成できない。なぜかというと、そのような死刑判決を言い渡せる場合は、実際に、例外のことで、複雑な有罪かどうかを決める場合が 本当に異例中の異例からだ。普通に裁判員制度というのは、法律的な公正や公民意識を養育する制度でしょう。被告のため、同じような一般人から判断される権利があって、そういう自分の共同体の横断面から 判断される権利を守るため、 導入された 裁判員制度は職業裁判官だけの審理を制限する。その上、国民のことから考えると、裁判員制度に参加すると、法律的なことや 公民責任を教える可能性があるでしょう。 公民意識が上がると、社会の平等も広げると思う。それゆえに、裁判員制度には、 公民参加できる機会が異例の複雑な審理より重要だと思います。

Sunday, March 18, 2012

一粒の中の世界:国際の食物貿易とアジアの食料の確保(社会と関わろうプロジェクトの下書き)

シュラケット・ジョシュア
ウリベ・アレハンデゥロ

私たちの生命を維持するために植物や動物を、食料や衣服等として耕作するのは、農業である。それは世界史で人間の定住文明が進んだ一番大切理由となった。農業の発展は元々文化と気候によったものけれど、産業化が起こってから後の百年が生産の向上や技術と人間労働の代替や遺伝子操作や農薬や肥料を特徴づけている。この最後の世紀で、農業はいろいろな政治的や環境的な問題とつながっていて、その中に関税や補助金やバイオ燃料や保護政策や特許などの問題が含まれている。これらの開発の環境への影響に反動として、 それで最近 、オーガニックと持続的農業の運動が人気を集めている。

最近の開発の中には 最も物議を醸すのはもちろん遺伝子組み換えの 農業である。農作物の遺伝子工学は、成長率も様様な疾患に対する抵抗も増やすことができる。だから、世界の増加している人口に食料を提供するためのリソースを以前より使用して食料生産を増やすことができるということは、すごく良いことだろう。しかし、 倫理と安全性の懸念が提起されている。安全性の懸念とは、人間が遺伝子組み換え食品を食べることが健康に知られていないことである。またはその遺伝子組み換えものは環境をなんらかの影響を与える。倫理的な懸念はイデオロギーの問題や、食糧供給の企業統制や、知的財産に関する法律やなどを含めている。

この一般的の食物貿易の背景についてよく考えながら、一つの具体的な例を挙げたいと思う。生物多様性とアグロビジネスに対する問題に深い関係がある。90年代後期に、テキサス州のRiceTecという農業会社はインド国の伝統的なバスマティ米の多くの種類のゲノムの特許を所得し、国際市場に物価を上げるために、アメリカで植えたり、何世代も収穫したインド人の農業に禁止したりしてみた。米の特許ができると、収穫を産しても、もう一回植えることのできない稔の米を創造できて、インドの農業がアメリカの会社に依存して暮らす状態になる懸念もあっただろう。バスマティは、米穀の中で世界一高い種類なので、欧米のアグロビジネスの立場から見ると、自分の知的財産として確立できれば、有利な事業になるに違いない。

しかし、生物界は本当に所有出来るものか。穀物は発明として考えられるのか。インド人の文化的や農業的な遺産を盗む政策として批判の対象になってきたので、海賊的生物探査という造語を呼ばれるようになった。そういう遺伝子組み換え(GMO)に関する問題はアジアのことだけではなく、アメリカにも、Monsantoという農業会社がコーンや綿花の新しいオーガニック穀物を汚染できる種類を発明して、アグロビジネスの市場を操る方法の一つとして考えられているだろう。

タイトルでは、国際食物貿易を描写するため、一粒の米というメタファーを使用した。なぜかというと、世界化によって地球が一粒のように小さくなって、過去のいつでもよりも、食料が循環できるようになってきたからだ。一方、一個人の農業の手で、一粒の米は地方共同体の基本を構成できる能力があるだろう。やはり、そういうグローバル循環制度と共に、新しい道徳的な問題が起こった。グローバル社会や自由市場における「農業」というのはどういう意味だろうか。どのように農業共同体の人権や平等を守れるのか。世界を一粒として見ると、農業も倫理的や文化的な問題として考えるべきではないだろうか。